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2025年8月18日 |
今回は、福島のお城旅行の2つ目、二本松城。二本松城といえば、少年隊。だが、会津城の白虎隊は知っていたけれども、二本松城の少年隊のことは知らなかった。 |
大壇口での戦いにおいて木村銃太郎隊長をはじめその多くが戦死し、戊辰戦争における悲劇のひとつとして知られている。 お城自体は、「二本松城」の名にふさわしく松の木が多く、箕輪門の前面には樹齢350年を超えるアカマツが連なっていて、箕輪門と附櫓(木造復元)や三の丸高石垣と良くマッチしている。お城に松の木は本当によく合うなと思った。 山上部の壮大な石垣も見ごたえがあった。また、安達太良山ビューポイントがいたるところにあり、単に二合田用水が安達太良山から引かれているというだけでなく、二本松の人たちにとって、心の拠りどころとなる山だったに違いない。 |
| 二本松城 - マップ | 目次 | |
「霞ヶ城」とも呼ばれる。三方が丘陵で囲まれた自然地形を巧みに利活用した要塞堅固な馬蹄形城郭(東に口を開けた馬の蹄のような形)。山麓部の居館や二の丸、三の丸と標高345mの「白旗が峰」山上部に築かれた城郭からなる梯郭式平山城。 |
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| ●にほんまつ城報館 | |
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→「にほんまつ城報館」は小峰城歴史館と同様、月曜日がお休みということで、19日の火曜日に再び訪れた。ここも評判どおりとてもよかった。 以下は城報館内の説明の一部:二本松藩伝統の剣法「突き」とそれに関するエピソード、二本松少年隊の話 |
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| にほんまつ城報館 | 城報館内 | |
| 二本松藩は「突き」が丹羽光重公以来の二本松藩伝統の剣法:少年隊の成田才次郎(14歳)も父親から「斬らずに突け」と教わったという。「斬る」だけではなく「突き」という剣術が浸透していたからというのもあるが、「子どもでは斬っても力が及ばず、ダメージは与えられない。突いた時に刀が抜けずに斬りこまれるリスクはあるが、確実に致命傷を与えるべく、突け」と教え諭され出陣した。 | ![]() |
←『忠臣蔵』のきっかけとなった「松の廊下事件」にかかわるエピソード:1701(元禄14)年3月、江戸城内松の廊下で刃傷沙汰に及んだ赤穂藩主・浅野内匠頭長矩と親戚関係にあった丹羽光重は、未遂に終わったことを聞いて枕もとのキセルを手にし「なぜ切りつけたのか、なぜ突かなかったのか。突けば思いを遂げることができたものを」と、無念と口惜しさから灰入れを思い切り叩いたということで灰入れの上端部に凹み傷がある。 |
| 凹みがある灰入れ | ||
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←最初の木村銃太郎門下生である岡山篤次郎十三歳は、母に頼んで戎衣(戦場での着物)をはじめ、手ぬぐいにいたるまで「二本松藩士 岡山篤次郎 十三歳」と書いてもらい出陣した。「母が屍を探すときにわかりやすいように。字が下手だと敵に笑われる。」との理由からだと伝えられている。 |
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| 岡山篤次郎 | マンホール |
| ●本丸から三の丸へ戻る | ●印はクリックして拡大 | |
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←「二本松城に築かれた、最も古い石垣のひとつ。築石は野面石と荒割石が用いられ、その積み方は「穴太積み」。大小の石材をレンガをねかせるように横積みし、数石しか「横目地」の通らない、いわゆる「布積み崩し」の積み方。二本松城が会津領の支城となった慶長初期頃、蒲生氏郷に抱えられた城郭石積み技術者集団「穴太衆」によって築かれた石垣」 実際、草が生えていてはっきりわからなかった。 |
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| 本丸下南面石垣 | 日影の井戸 | |
→「慶応4年(1868)戊辰戦争において、薩摩・長州・土佐藩兵を主力として西軍約7千名に対して、応援兵を合わせても兵力約千名の二本松藩は各所で戦いを繰り広げ、7月29日ついて城下・城内の戦いとなり正午頃二本松城は炎上し、落城した。 |
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↑「千葉県印西市の『月影の井戸』。神奈川県鎌倉市の『星影の井戸』とともに「日本の三井」と称される。昭和の初期頃までは『底なし井戸』と呼ばれ、また古老の伝えでは『ひのえ』、『蔭の井』と呼ばれていた。石積みで、深さ約16m、底から北方に岩盤をえぐって約14m横堀されている。今でも豊富な湧き水を溜めている」 |
| 二本松藩士自刃の地 | ||
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→奥州道中に面する久保丁口に堀をともなった大手門があった。 |
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| 二合田用水 | 大手門の石垣「亀甲積み崩し」 |
| ●大壇口古戦場 | |
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戊辰戦争に木村銃太郎を隊長とする二本松少年隊奮戦の地。隊長はここで戦死、また少年隊を援護して葬列名戦死を遂げた青山助之丞・山岡栄治の二勇士の奮闘の地でもある。 |
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| ここを右へ | 大壇口古戦場 | |
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| クズの花 | ●安達太良山 |
| ●大隣寺 | |
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丹羽家代々の菩提寺であり、また、戊辰の役で戦死した二本松少年隊の供養塔がある。 |
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